LABOCSの歴史

鉄道技術研究所における信号処理の歴史
鉄道では、研究開発の場面だけではなく、保線、車両の様々な現場で多くのデータを扱っています。
旧国鉄が開発したコンピュータシステムとしては、1960年に登場した、みどりの窓口の指定席予約システムであるマルスが有名ですが、同じ頃から鉄道技術研究所でも各種試験計測データの解析システムの開発が進められ、1975年に当時の大型計算機であるBendix社の電子計算機G-20を用いたDRACOシステムとして実現しました。
これが、鉄道技術研究所最初のコンピュータによるデータ処理システムです。
これだけで居室のほぼ半分のスペースを占有していますが、その性能は現在のパソコンとは比ぶべくもありません。
同じころ、波形データの周波数分析の世界では、従来の連続関数を前提としたスペクトル解析の理論に対し、デジタルデータの処理を前提とした高速フーリエ変換や、これを用いたデジタルフィルタの理論が確立され、コンピュータ上におけるデータ処理技術が大きく発展しました。
1975年 ラボックスの誕生
旧国鉄の鉄道技術研究所で得られる大量のデータの効率的な処理を目的として、計算機センタ主任研究員の吉村彰芳氏らによって1975年に「会話型時系列解析システムLABOCS/TSA(LABOratory’s Conversational System / Time Series Analysis)」が開発されました。
このシステムは、特別な知識を持たない利用者でも容易にデータ処理が出来るよう、当時では珍しいコンピュータグラフィックディスプレイを用いた会話型データ処理システムとして開発されたのが大きな特徴です。
LABOCS/TSAは、FFTを駆使したスペクトル解析やデジタルフィルタ処理、あるいは各種測定データの処理に不可欠なA/D変換、測定値のキャリブレーションなど現在のラボックスの基本的な機能はほとんど有していました。
またLABOCS/ラボックスという名称もこのとき名付けられました。
1980年 軌道管理に特化した「マイクロラボックス」
1980年頃の鉄道技術研究所・軌道研究室では、新たな軌道管理の手法を模索するため、国鉄本社の保線課、あるいは鉄道技術研究所内の情報、数理、制御といった他分野の研究者を集結し、グループ研究「軌道保守管理システム」を始めました。
このグループ研究の成果として、P値(軌道変位がある閾値を超過した確率)のように、周波数に関する情報を失った指標が主流であった軌道管理の世界に、初めて信号処理技術が取り入れられました。
これとともに、汎用的な時系列データ解析システムであったラボックスに、軌道に特有な機能が加えられていきました。
1990年 鉄道会社各社に導入
このようにして、保線に特化した機能を有し、かつ1980年代から急速に発展したパソコン用にシステムを再構成した、軌道保守管理データベースシステム「マイクロラボックス」が誕生し、1990年にJR西日本に導入されました。
その後順次JR旅客会社や一部の民鉄事業者に広まり、現在でも軌道管理に不可欠なツールとして利用されています。
現在のラボックス
初代のマイクロラボックスは、当時のPC98シリーズのパソコン向けに開発されました。
その後20年が経過し、当時から多大なるシェアを有しているマイクロソフト社のオペレーションシステム(OS)も、MS-DOSからWindows 7になりました。
ラボックスの側もOSの変化に合わせてバージョンアップを繰り返しましたが、基本的な処理機能は初代のものと同じで、現在でもラボックスコマンドを実行するとDOSプロンプト(いわゆるDOS窓)が立ち上がります。
一方、チャートの描画・印刷機能は近年のパソコン、プリンタの性能向上に伴って充実し、線の色、太さや配置等が任意に設定できるようになっています。
元々のLABOCS/TSAは鉄道技術研究所における各種測定データ処理のために開発されたものであり、ユーザーが任意の処理を容易に行えるよう、初期の頃からインターフェイス機能が充実していたのが大きな特徴でした。
しかし軌道管理に特化されるようになってからは、チャートの描画・印刷、10m弦正矢から20m弦正矢への変換、P値・標準偏差などの統計処理といった、検測ごとの定型処理が多くなりました。
これに伴ってラボックスの使われ方も、ユーザーが任意の処理を行うというものから、JR各社の保線管理システムの一部として、誰でもが定型処理を簡単に行えるように変わってきています。
【参考文献】
田中博文:軌道保守管理データベースシステムLABOCS(ラボックス)の機能紹介と新バージョンのリリース、新線路、Vol.69、No.7、pp.24-26、2015.07
古川敦:軌道におけるデータ処理、RRR、Vol.71、No.12、pp.4-7、2014.12
古川敦、神山雅子:軌道管理の歩み、RRR、Vol.67、No.3、pp.20-23、2010.03